(c) 2000 飲酒連 www.xiv.com/drink
魅惑の酒 アブサン
0.アブサンとの邂逅
我々は海外のあるエージェントを介して飲酒者にとって都市伝説となった
禁断の酒「アブサン」の入手に成功した。
世紀末の芸術家に愛されながら、今世紀初頭に製造も販売も禁止された
あのアブサンである。
飲酒連の定期総会の周年を記念して、封切られることになった。
アブサンは当然ながら密造酒であり、無免許による輸入は危険を伴うので
入手の経緯は明かせないが、飲酒連メンバーは市内のとあるバーで
開かれた記念総会において、その禁断の苦味を経験した。
入手希望者が多いことを受け、古い製法を守り続けている製品を
個人向けに輸入することを考えている。
現在、国内業者に販売を持ち掛けているが、当面はメンバーのみへの頒布が中心である。
会員になりたい方、一日も早く入手したい方は
メールにて問合せられたい。
1.アブサンの誕生とその姿
1730年(異説に81年、92年等)にフランスの医師ピエール=オルディネールが
医薬品として生み出し、スイスで売り出された。
その後、1797年ペルノー・フィス社(現在のペルノーリカール社)に
受け継がれ、1840年頃からフランスで大ブームとなる。
薬草系のリキュールだが、そのアルコールの強さは60〜75度と
当時の蒸留酒の中でもトップクラスであった。
主体となる香草はニガヨモギであるが、
風味のため10種類以上の各種の香草、薬草が加えられている。
アブサンは暗緑色ないし緑がかった黄色をしており、
水を加えることで白くにごる。
これは溶剤であるアルコールの濃度が水によって低下し、
不安定になった精油成分がその周囲に膜を形成し、
微粒子状になって、入射光を乱反射するためである。
味の主体はニガヨモギの強烈な苦みである。
また、本来の製法では甘味料を加えないので、リキュールというより
ビター(苦味酒)に近い味である。
アニスをはじめ多数の薬草の調和で非常に風味豊かな香りをもつ。
ある日、原酒をグラスに注いだまま放置してしまったところ、
家人が屋内にただようアブサンの芳香に気付き、
爽快感を口にしたほどである。
また、合法時代には同様の手法が虫よけを目的として利用されていた。
2.アブサンにとり憑かれた芸術家たち
アブサンは19世紀後半にヨーロッパで大流行した。
特に退廃的な雰囲気につつまれた19世紀末は多くの芸術家がこの酒を絶賛し、
ついには崇めるまでに至った。有名な作家をあげると;
ピカソ、ゴッホ、ゴーギャン、ドガ、モネ、ロートレック、ランボー、
モーパッサン、ボードレール、ヴェルレーヌ、ヘミングウェイなどである。
特に、ボードレールやランボーに至ってはアブサンを崇拝するほどであった。
ゴッホはアブサンの常用者だったと信じられており、自画像を描くのに邪魔だと感じた
左耳を自ら切断したことや、自殺を図るなどの奇行は、
高濃度のアブサンを飲みつづけたことによって先天的な精神病が悪化したためと
思われている。
3.芸術作品に見るアブサン
アブサンは芸術家の口をして緑色の詩神と呼ばれた。
そんなアブサンに魅せられた芸術家たちの作品に描かれたアブサンを見てみよう。
ロートレック「アブサンを飲む女」 退廃的な独特の色彩の中、
腰掛けた女の前には濁った緑色の液体が入ったグラスが置かれている。
青白い肌をした女の目は物鬱げで世紀末の寂しさを感じさせる。
作者の代表的な作品の一つである。
愛を信じ、春を信じる/二十歳なのだから/茶や金の髪の女なのだから
歩道を小走りに歩くとき/粋な女は垣間見せる/丸みある脚を包む白靴下を
恋人と抱き合いながら/蒼穹(あおぞら)のもとを駆けていく/陽のあたる平原を
緑の芝に横たわる/ざわめく木の葉が敷き詰められた/小道の日陰で
そして夜には疲れ切って/心地よいシーツに包まれ/抱擁のあとに眠り込む
だが、こうしたどんな喜びも/友よ、まことに汝らに告ぐ/アブサンの魅力に勝るものではない
−−作者不明
人生にはアブサンの残酷な苦みが混ざっている
−−セヴィニエ夫人
喝きの喜劇
来たれ「酒」は大河となって海へと流れ/万波寄せり!
天来の「苦味酒」/滝の瀬と山より来る
行かん、賢明なる行路の人よ/琅奸の円柱緑なす「アブサン」国へ
−−アルチュール=ランボー
当時はabsinceと表記され「聖女の溜息、妖精のささやき」を意味していた。
僕が心惹かれたのは、アブサンという語が今も生きのびていることだった。
80年前に禁止され、現物は消えてしまったのに。
誰もがアブサンを知っている。
ふつうは、大都会の退廃的な雰囲気を連想させるものだけど、
僕はなにか昇華のようなものをイメージした。
−−クリストフ=バタイユ
はじめの一杯のあとで、そうあってほしかったことがらを見、
次の一杯のあとで、君はそうでないことがらを見、
最後に君は現実を見、それがこの世で最悪であることを見るのだ
−−オスカー=ワイルド
4.アブサンの生理活性
アブサンを最も特徴づけている原料はニガヨモギである。
本植物は学名Artemisa absinthium L.といい、ツヨンおよびカリオフィレンを
主成分とする揮発油を1.7%まで含む。
そのほとんどはツヨンであり、向精神作用をもつ。
アブサンは精神に対し、大麻と同様の作用をもつことが報告されている。
有名な科学論文誌である"Nature"の論文によればアブサンのツヨンと
大麻の活性成分であるテトラヒドロカンナビノールは
中枢神経(つまり脳)内の共通の受容体に作用すると考えられている。
ではアブサンは飲むマリファナといったことになるのか。
実体験的には、ドラッグ類の中では服用感は似ていなくもない。
マリファナまたはハシシは喫煙にもかかわらず、陶酔感が得られ、
気分も愉快になる。
一方、アブサンはアルコール単体とは異なった感覚の酔いをもたらし、
それは気分を楽しくさせるものである。
しかし、大麻や幻覚サルビアのような笑いがとまらないほどのものではない。
アブサンは味わいと優れた風味(実は依存性?)で
他のアルコール飲料よりもはるかに常用したくなる酒である。
大麻は、依存性が報告されていないこと、身体への害が他の向精神物質よりも
少ないことから、全体的には優れているだろう。
司法的安全性は、許可のない所持の禁じられている
(実は服用は罰則の対象ではない)大麻より、
日本では製造・所持・服用ともに全て合法なアブサンに軍配が上がる。
もっとも、欧米に行ったならば、アブサンも立派な禁制品である。
(後に低い濃度のツヨンについては解禁された)
ツヨンを大量に服用した場合には痙攣を引き起こす。
ニガヨモギは苦味強壮作用をもつが、習慣的な使用や大量の摂取は
不安感、不眠、悪夢、おうと、めまい、震え、けいれんを起こす。
加えて、抗潰瘍性、細胞毒性も報告されている。
別の薬理効果としてはニガヨモギに含まれるアズレン類に抗炎症作用、
下熱作用がある。古いカクテルブックで神経痛にアブサンをストレートで
勧めている記述がみられた。
バーテンダーは経験的にこの作用を知っていたのかもしれない。
また精油に抗菌活性がある。
アブサン(リキュール)にはツヨン以外にも向精神物質が含まれている。
幻覚性のあるアサロン、鎮静作用のあるアネトール、
また抗鬱作用や殺菌作用のある芳香性植物も使用される。
日本を除く先進各国の中央省庁はアブサンを禁止している一方、
ニガヨモギは食品への使用をみとめている。
米国の食品医薬品局はニガヨモギを食品としての使用を認可しているが、
最終商品である食品はツヨンを含まない。
英国ではGeneral Sales Listに記載している。
ドイツではハーブをドイツ委員会エモノグラフに水抽出物として記載しており、
食欲不振、消化不良の諸症状、その他に、ハーブを2〜3g等量服用するとしている。
5.禁止後の世界とアブサン代用品
第一次大戦と時を同じくして各国でアブサンが禁制品に指定された。
1905年にベルギーでの禁止を皮切りに1907年にスイス、
1912年にアメリカ、1915年にフランスで非合法化され、
各国がこれに同調し、欧米のほとんどの国で禁止措置がとられた。
例外的にスペインの一部で製造されているが輸出はされていない。
またスイスのバルデトラバース地方で密造が続いていることは有名である。
禁止の理由は「アブサンティズム」と呼ばれる中毒症状が
問題となったことである。
この症状は前述のように、幻覚を伴う精神症状と痛風に似た苦痛をあわせたような
ものだとされている。現在では本疾患は認識されていない。
アブサンが存在しないので患者も存在しないでためであるが、
本当にアブサンが原因であったか疑問である。
第一に、肉体・内臓への被害はアルコールの長期服用に多く見られるものである。
幻覚や妄想、精神錯乱などはアルコール依存者の離脱症状の典型である。
つまり、「アブサンティズム」はアルコール依存者という強いアルコール飲料を
好む患者が当時最も強いアルコール飲料であるアブサンを
飲んでいたためにアブサン特有の症状と見られたのではないだろうか。
また、当時の酒造業界は粗悪な製品も多く、
銅やアンチモンの影響も無視できない。
加えて、初の世界大戦という全面戦争のため近代兵器にとって
重要なアルコールは軍需物資として一般消費を規制したかった
各国の思惑も疑われるところである。
現在では、アブサンの代用品としてアニス酒あるいは
アニゼットが用いられている。
これらはスピリッツやブランデーにアニスシードまたはスターアニス、
リコリス、フェンネルで風味付けしたリキュールである。
フランスでは一般にパスティスと呼ばれ、意味は「模倣する」に由来している。
これらはアニスシードを主体としたリキュールで、
代表的な銘柄にはフランスのリカール、ペルノー、パスティス51、
ギリシャのウゾ12、トルコのラキなどがある。
アブサンと同様、加水により白濁するが酒自体の色は茶や黄色である。
アニゼットは地中海沿岸ではポピュラーな飲み物で、
アラブ世界でも原理主義が台頭するまでは主要な酒であった。
オリエント以西のアラックはアニス酒である。
念のため、17世紀に日本へ伝えられた阿楽吉酒は東アジアのアラックで
アニスを含まない。
日本ではアブサンの製造を禁止していないが、
酒造メーカーに製造する気配は見えない。
サントリーが製造している「ヘルメス」レーベルのリキュールに
「アブサン」があるが、これもアニスを用いた酒で
ニガヨモギを主体としたアブサンではない。
かつてのアブサンの代用としてアニスをはじめ
複数の香草の風味を活かした酒が使われていることからも、
アブサンが単なるニガヨモギ酒ではなく、
多数の芳香性植物・薬草を用いた風味豊かな飲み物であったことが推しはかれる。
6.アブサンを使った伝統的カクテル
アブサンを用いたカクテルは当然ながらクラシックなものばかりだが、
かなりの数に上る。
かつてはペルノー68を代用品として日本でもしばしば作られたが、
代表的アブサンと同じアルコール度の本品の輸入が途絶えてから、
忘れられた状態にある。
現在、輸入されているペルノーは40度の黄色いリキュールである。
最近は熱心なバーやフレンチレストランでパスティスを見かけるようになった。
しかし、あまり日本人には好まれないようである。
筆者が最もアブサンらしいと感じている飲み方をひとつ紹介しよう。
とてもカクテルとはいえないものだが...
角砂糖にその緑の液体をたらし、エメラルド色になったキューブを
舌にのせるのである。
合法だった時代に子供や女性が好んだ飲み方だが、
甘みのあるアニスリキュールやましてや茶色いパスティスでは作れない、
アブサンならではの楽しみ方である。
以下にアブサンを使ったカクテルを紹介したいが、
紙幅の都合上、レシピまで説明できないので、名前のみを挙げるにとどめる。
調製法を探すには参考文献のような、
掲載数の多いカクテルブックを参考にするとよいだろう。
現在のバーなどでアブサンを指定されたカクテルを調整するときは、
アブサンと表記されている部分をペルノーと読みかえていることが一般的である。
ペルノーやパスティスでアブサンを代用する場合、
それらがアルコールが低いこと、既に糖分が添加されていることに注意されたい。
アブサン アメリカン
バーナクル ビル
ブレッツ オウン カクテル
ブルネル カクテル
ファシネーション カクテル
ゴッデス カクテル
モミネット カクテル
イベット ビクトリア カクテル
アブサン・フラッペ
アブサン・カクテル
アブサン・フレンチ・カクテル
アブサン・アンド・エッグ・カクテル
アブサン・ドリップ・カクテル
ゼロ・カクテル
スイス・スタイル・アブサン
イエロー・パロット・カクテル
スイス・カクテル
ノック・アウト・カクテル
マカロニ・カクテル
ビクトリー・カクテル
パンジー・カクテル
グリーン・オーケード
キッス・ミー・カクテル
アブサンイタリアーノ
アブサンスペシャル
アトムボム
アテンション
ボタンホック
ブールバード
ダッチェス
アースクエーク
グラッドアイ
ノックアウト/ノックダウン
ロフタス
マカロニ
メイドンズストリーム
モーニングコール
ナインピック
ナインティーンピックミーアップ
オールドモラリティー
シットダウンストライカー
スイス
スイセス
ビクトリー
ウィッチウェイ
ヤンキープリンス/イエローパロット
ヘミングウェイ
参考文献
Rutgers Center of Alcohol Studies, Rutgers Univ.:
A Dictionary of Words About Alcohol, 1968
庄司謙次郎(食糧研究所):酒及合成酒,1942年
小林彰夫監訳:天然食品・香粧品の事典,1999年
三沢光之助:国分洋酒事典,1974年
福西栄三:新版バーテンダーズマニュアル,1995年
藤本義一:洋酒伝来,1975年
木村与三男:カクテール全書,1962年
浜田晶吾:カクテル505種,1992年
稲栄作:カクテルレシピ1380,1989年
Michael Jackson:Michael Jackson's Bar and Cocktail Book, 1994
The Savoy Hotel Ltd.:The Savoy Cocktail Book, 1985
アブサン トップへ
トップページへ
メールはこちら drink@xiv.com へ